メルヘン福岡空港

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 福岡空港をモチーフにした小説を書きたくなった。なぜなら福岡空港は、存在自体が一種のメルヘンであるからだ。空港は本来街外れにあるべきはずなのに、福岡空港は博多の真ん中に堂々と居座っている。たった一本の滑走路で、年間十四万回の発着陸をこなしている。これがメルヘンでなくてなんだろう?

 僕は自転車に乗って箱崎へと向かった。箱崎はちょうど福岡空港の滑走路の延長線上にある。だから、数分おきに必ず飛行機が上空を通過する。僕が箱崎に着いたときも、けたたましい音と共に、ちょうど一機のジェット機が北の空から現れた。そいつは着陸態勢を取りながらビルの陰へと消えていった。

 箱崎の駅前には広場があって、幼稚園くらいの子供たちが集まって砂遊びをしていた。僕が空を見上げて惚けている間にも、子供たちは何事もなかったみたいに地面をいじっていた。

 また遠くから飛行機の音が聞こえた。僕は飛行機を追いかけてみることにした。旅客機の尻で明かりが点滅している。その光を追いかけるように、自転車を漕いだ。けれども、僕の行く手はすぐに道路に阻まれた。飛行機は道路のことなんて知ったこっちゃないとでも言うかのように、南へ飛んでいた。僕はそいつを見失ったけれど、方角だけを頼りに空港を目指し続けた。

 箱崎の街は灰色で、工場ばかりが並んでいた。川も高層雲を反射して淀んでいた。土手だけが緑だった。

 また飛行機の音がした。僕は辺りを見回して、飛行機の姿を探した。ツバメの群れが一斉に電線を離れて、川をまたいだ。黒い群れが逆光の飛行機に飲み込まれる。やはり、飛行機は絶対的に見える。鳥と違って羽ばたきもせず、平然と空を飛ぶ。もちろん実際には揚力で浮上しているのだから、ジェットエンジンが常に空気を吸い続けなければならないのは分かっている。しかし、電線の上を軽々と越えて飛ぶ旅客機は、どこか人智を越えているかのように思われた。

 空港通りというのが、滑走路に一番近い道路の名前である。僕はそこで足を止めて、滑走路の前に立った。空港通りと滑走路の間には鉄条網が張られており、それ以上入ることはできない。周りには、車を脇道に止めて飛行機を見物している人たちもいたけれど、空港通りを通過する車の数と比べればごく僅かだった。

 不意に飛行機の音が聞こえた。また飛行機が着陸するのかと思って空を見たが、違った。音は滑走路から聞こえていた。今まさに離陸しようとしている飛行機が、僕たちに背を向けている。そのエンジンが空気を吐き出して、振動が音となって、空港通りにいる僕たちまで届いているのだ。そいつが飛び立つと、あたりは急に静かになった。僕は次の飛行機が来る瞬間を待つべく、再び北の空を眺めた。

 最初は雲の中で光る一つの点だった。その点は徐々に大きくなり、4つの点に分裂する。左右の主翼の先端と、尾翼の先端。それぞれに光がある。

 ここに来て、僕は突然怖くなった。旅客機がミサイルのように僕のいる場所を狙っている気がした。あるいは、そうでなくとも、不慮の事故でこの場所に墜落するかもしれない。飛行機が僅かに揺れ動いた。僕の脚を押しとどめたのは、ほんの少しの理性だけだ。

 音がにわかに大きくなる。黒い影が僕たちの頭上を通過する。視界の端から端までを覆う主翼。爆音。そして飛行機は消えた。あまりにも速かったので、飛行機が背後へ回ったことに気付かなかった。

 振り返ると、すでに飛行機は滑走路に着陸していた。エンジンの音色が低くなり、空港通りを行き交う車両の音と混ざり合った。

 そうして僕は福岡空港を小説化するのを止めた。